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Boston Scientific

人の役に立っている実感こそが、唯一無二のやりがい。

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Before:日系大手旅行代理店 After:インターベンショナル カーディオロジー事業部 プログラムマーケティング部 シニアプロジェクトマネジャー

Turning-Point 01

旅行業界から、医療の世界へ飛び込んだ理由。

2003年3月、イラクで戦争がはじまった。連日連夜、世界中のマスコミを賑わし、もちろん日本でも大きく報道された。当時、勤めていた旅行代理店は、世の中の不安の影響をダイレクトに受ける。戦地でもないのに次々とキャンセルされるツアー。自分の力のおよばない要因に、歯がゆさばかりが募っていった。そして、数ヶ月後、旅行代理店を退職した。

元々、法学部に進んだのは弁護士になりたかったからだ。どこかに人の役に立つ仕事への憧れもあったのだろう。旅行代理店を辞し、次の仕事を考えた時、やるならば社会への貢献を強く実感できる仕事をしたいと思った。もちろんボランティア精神だけで生きていけるほど、世の中は甘くない。

新たな経験から身に付く専門性やフェアな評価、実績に応じた待遇も欲しい。経済活動である以上、景気に左右されるのは仕方がないにしても、社会に不可欠な普遍的なサービスであることも選ぶ上で重要な要素だった。要は、たとえ世界のどこかで戦争が起こっても、人々から必要とされる仕事だ。そして浮かび上がったのが、「医療業界」だった。なかでも、医療機器の世界は、近年、画期的な進化を遂げていた。10年前には考えられないような手術や治療法が次々と生まれていた。数ある医療機器メーカーのなかで、外資系であるボストン・サイエンティフィックを選んだのは単に留学経験があったからではない。もちろん医療機器の世界は、日本に先んじて欧米が先端を走っている。その先進性に惹かれたのは事実だが、衝撃的だったのはボストン・サイエンティフィックが取り組む「低侵襲治療(インターベンション)」が患者さんへもたらすベネフィットだった。インターベンションとは、患者さんの体につく傷をできるだけ小さくし、身体的・精神的負担を極力少なくすることができる治療法である。以前までなら、入院し、手術を受け、何週間も静養する必要のあった病気が、インターベンションならわずか数日の処置で済んでしまう。医療業界におけるニーズは日ごとに拡大するこの領域で、ボストン・サイエンティフィックはリーディング・カンパニーであったのだ。しかし、医療は、とりわけ高度で専門的な世界である。いくら魅力的な仕事とはいえ、文系で、かつまったく未経験者であることに大きな不安を抱えていたのは言うまでもなかった。

Turning-Point 02

異業界の経験が、時に強みとなる。

狭心症や心筋梗塞等の心疾患治療に用いる製品群をあつかう営業として入社するや、難解な専門用語に目が回りそうになった。3本しかない心臓の血管が何かもわからない。製品を5本並べても、違いを見分けられない。異業界からの転身ゆえの基礎知識のなさは不安となり、毎日、大量の資料を鞄に詰め込んでいた。けれど、お客様のニーズを掴むのは、旅行の世界も医療の世界も同じだ。私が相手にするのは、循環器系列の約3000人の医師。数千、数万もの顧客ニーズを相手にしていた前職から比べれば、まだまだニーズは絞られた世界だとポジティブに捉え、必死で勉強した。上司や先輩などチームの支えも大きかった。とにかく医師たちと一緒に過ごすことを心がけ、共に患者さんを治すパートナーという意識が芽生えていった。入社して数ヶ月後、当時、ボストン・サイエンティフィックにしかなかった最先端の医療機器をある医師の元へ導入するにあたり、症例データを集めたり、使用法のトレーニングを調整したりと奔走したことがあった。無事、導入が済んだ際、思いがけず医師から「ありがとう」と言葉をかけられた。医療機器の営業としてのやりがいを実感した瞬間だった。そして、日を追うごとに、あれほど分厚かった私の鞄の厚みも人並み以下になっていった。

入社から4年ほどが過ぎ、培った販売戦略をより大きなフィールドで試したいと、私はマーケティング部門へと異動した。異動するとすぐに、開発拠点である本社アメリカの開発スタッフたちと日本での新製品開発について話す機会があった。日本とアメリカとでは、医療への考え方が異なる。白黒が明確で、時にドラスティックな発想を好むアメリカ側からは、日本の法規制などは時に理解し難かったりもする。一方で、手術のテクニックに関しては、日本は世界のトップクラスを走ってもいる。環境も価値観も慣習も異なるなか、新たな医療機器を開発することは一筋縄ではいかないのだ。

Turning-Point 03

ミリ単位の大きな差異が、イノベーションを生み出す。

求められたのは、これまでにない耐久性を備えた新たなサイズの製品だった。もちろんアメリカ側は感情論では動かない。深い知識に裏打ちされた論理性も求められる。利益も重視される。アメリカ側が納得する理論を導くために、日本の医療現場の特徴を踏まえ、ミリ単位の大きな差異を言葉に落とし込んでいった。プロトタイプ(試作品)を作成し、権威ある医師に評価を聞いて回る。フィードバックを元に、さらに改良を重ねていく。製品ベネフィットを明確にし、営業メンバーへ販売戦略をシェアする。マーケティングに異動してはじめてのアメリカ側とのミーティングで「いつか、こんなのがあったらいいよね」と言っていた製品が、実に4年の歳月を経て、ようやく日本の医療現場へと導入された。

この仕事のやりがいは、イノベーティブな製品を日本の医療現場へ普及させられることだ。それは機器だけに限ったことではない。既存の機器たちを組み合わせた、新たな治療法かもしれない。どちらにせよ、日本の医療の進歩に深く携わることはできている。けれど、それは営業時代に最前線で感じていた医師や患者さんに喜んでもらえることとは少し違う感覚だ。あえて言うなら、より多くの人の役に立っている実感をこの上なく強く感じることができる仕事なのだと思う。

  • 岩村泰秀
  • 鈴木雄一
  • 酒井勉
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